勉強とバッハ
- 4月13日
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こんにちは。連日投稿をかましている管理人です。
そういえば先日(とは言っても3月の塾が休みの日ですが)、仙台の榴岡天満宮に行ってきました。高校入試の合格のお礼に伺いました。今年は全員が第一志望合格だったので、その報告もかねてお参りしました。ちょうど梅の花がいい感じに咲いていて綺麗でしたよ~。画像はありません(笑) 受験生全員が一生懸命に努力して、本番も気を抜かずに全力で戦い抜いたわけですから、参拝しないという選択肢はありませんでした。とても穏やかな心で参拝できました。そして、また次の年度も全力で生徒たちと向き合い、来年の春に大輪の花を咲かせられますようお願いしてきました。

さて、話は変わり、どうでもいい話がしたくなりました(笑)
管理人は高校大学と吹奏楽に心血を注いできたのですが、この時期から夏の時期になるとコンクールで一色になります。課題曲でワクワクしたり、どんな自由曲を演奏するのかなど、いろんなところが気になります。思い起こせば、管理人が高校生のとき演奏したバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 Ⅴシャコンヌ」が忘れられません。今でこそ有名なレパートリーのひとつになりましたが、そのときはまだ無名に近い選曲でした。だってあの「バッハ」ですよ。「J.S.バッハ」ですよ!? 畏れ多くて畏れ多くて……。ってか、難しいだろと思っていました。まず盛り上がりどころをつくりにくい。吹奏楽特有のカッコよさは、他のから比べると少ない。常に張りつめた空気を保たなくてはならない。テンポの揺らぎもそんなにないので、ロングトーンに近い。
がしかし、演奏してみるとメチャクチャかっこいいんですよね。張りつめた空気を保つのが逆に新鮮で、おもしろくなってきました。シャコンヌは今でも大好きな曲のひとつです。
では、なぜ急にバッハの曲の話を持ち出したのかというと、勉強と一緒だと考えたからです。一瞬「なんのこっちゃいな」と思われたかと思います。
バッハの曲(特にシャコンヌ)は、最初は短調でスタートします。それがしばらく続きます。演奏する側も聴く側も、張りつめた空気を共有します。途中、穏やかな雰囲気の旋律もありますが、それもつかの間、短調の旋律が再び始まり、フィニッシュに向けて進んでいきます。しかし、最後の最後で、長調のハーモニーで終わる、いわゆる「ピカルディ終止」です。コレって入試にも当てはまりますよね。
勉強は決して楽しいものではありません。むしろ人によっては苦痛に感じるものかもしれません。これはある意味「短調」のメロディを奏でることと同じだと思います。それがずっと続くと、「ウッ」ってなってきますよね。しかし、それでも自分を信じて勉強を続けて(短調のメロディを奏で続け)、最後の最後でようやく合格を掴み取る(最後の最後で長調のハーモニーで終わる)。本当にバッハそのものだと感じたわけです。まあ、高校入試や勉強をバッハと結びつけるなんて、なかなかしないとは思いますが(笑)
ただ、演奏や努力
を途中で止めてしまっては、ピカルディ終止には出会えません。最後までやり続けるからこそ得られるもの。「やっててよかった」と思える瞬間ですよね。
来年の今頃はどんな桜が咲いているのか、楽しみでたまりません。そうなるためにも、生徒と全力で向き合って、ピカルディ終止を迎えたいと考えています。